ろんのブログ

アメリカ在住。就職後、2度の海外駐在 (北米、欧州) を経験し、現在は国際機関に勤務。

【大学生ナンパ物語⑧】免許合宿

みさきちゃんとの2回目のデートは映画館だった。
字幕付きのアメリカンコメディで、僕は笑いどころがいまいち分からなかったけど、みさきちゃんは英語が分かるので、タイミングよく声を出して笑っていた。

映画館終わりに、近くのレストランで食事していると、思いがけないことを聞かれた。

みさきちゃん「私、胸ないけどいいの?」

僕は一瞬答えに迷ったが、「別にそれはいいんじゃない」と笑いながら言った。

その日もキスはしなかった。
みさきちゃんのタイミングがあるみたいだし、僕もそういう感情は湧いてこなかった。

みさきちゃん「これからしばらく会えないと思うと、なんか寂しいね」

僕は翌日から免許合宿へ行くことが決まっていた。
普段甘えた素振りを見せないみさきちゃんが、そんな言葉を口にしたのは意外だった。僕らはこれからしばらく会えない。キスすらしたことがない彼女とは、一体どんな存在なのだろうか。僕にとって、付き合っていることにどんな意味があるのか計りかねた。



新幹線の新横浜駅から純也が乗ってきた。最初に免許合宿に行くことを提案したのは、純也だった。就活で普通免許の有無を聞かれることがあると知り焦った僕たちは、急遽春休みを利用して静岡へ行くことになった。純也と一緒ならナンパもできるだろう。そのために宿泊先のビジネスホテルを相部屋ではなく、1人部屋に変更しておいた。

自動車学校には地元の若者がたくさん来ており、外で講習を待つ間、爆音で音楽を流し踊り出す集団もおり、ヤンキーのたまり場みたいになっていた。

ヤンキーA「俺のスマホ見なかった?」
純也「み、みてません」
ヤンキーA「ここ置いたのに、絶対盗まれたんだけど」

到着するなり、純也は冤罪をかけられていた。僕たちは近くのビジネスホテルから、このカオスな自動車学校に2週間通う。東京方面から来た大学生は、僕たちと女の子2人組だけだった。

純也「いや~、なんか物騒なところですね~」

純也が早速声を掛ける。女子大生2人は苦笑いしていた。自動車学校にはヤンキーやギャルの他、高校生くらいしかおらず、同じ属性の大学生は見たところ僕らだけだった。彼女たちとは同じホテルに泊まっていたので、夕食会場等で会って話すうちに自然と仲良くなっていった。

みさきちゃんとは毎晩、電話した。就活で大変な時期だから声が聞きたいということだった。僕は朝から晩までの講習で疲れており、みさきちゃんは自分の話ばかりなので、段々電話をするのが面倒くさいと思うようになった。

ある日の午後、指定されたナンバーの車の前で、教官が来るのを待っていた。

「最初から思ってたんだけど、あの俳優に似てるよね」

東京から来ている女子大生の1人であるリサが、となりの車の前で同じく教官を待っていた。似ているというその俳優は、当時人気だったスポコンドラマに出ていた若手俳優だった。僕が似ているわけない。

リサ「彼女いる?私は彼氏と半同棲してるんだ~」

スマホで写真を見せられた彼氏は、年上でイケメンだった。僕も彼女がいることを伝えた。なかなか教官が来ないので、「お互いの友だち誘って、土日のどっちかで近くの遊園地に行かない?」と誘ってみた。東京からこんな僻地に来て、やることがないのは同じだろう。

その日の夜、オッケーの返事が来た。

アンパンマンのキャラクターがふんだんに盛り込まれた遊園地は、アトラクションはショボく、完全にファミリー向けという感じだった。ロマンティックな雰囲気は一切なく、中学生同士のダブルデートをしているみたいだった。ホテルに帰り、部屋でプロ野球を観ていると、リサからLINEが来た。

リサ【お酒買ったから、一緒に飲もうよ】

僕は野球がいいところだったので、一旦未読スルーをした。

しばらく経つと、部屋にノックの音がした。ドアを開けると、そこにはリサが立っていた。

リサ「部屋入れて」

僕はしょうがなくリサを部屋に入れた。1~2杯飲んで解散すればいいか。

酔いが回ってきた頃、リサがドラマみたいなことを言い出した。

リサ「どうして私のこと抱いてくれないの?」
僕「いや、だって彼氏と同棲してるんでしょ?」
リサ「”半”同棲ね。でも最近、彼の気持ちがわからないの」
僕「どういうこと?」
リサ「向こうに結婚する気があるかとか、浮気してんじゃないかとか」
僕「でもまだ付き合ってるんでしょ?」
リサ「うん。でも今彼氏が何してるかわからない」
僕「彼氏のこと好きなら信じるしかないんじゃない?」
リサ「なんで抱いてくれないの?男なんだから、こういう時したいって思うのが普通でしょ」
僕(男としてここまで言われたら無視できないのか、だけどこれは浮気になるよな)

心の葛藤と戦いながら、キスすらしたことがない彼女は、彼女と呼べるのか考えた。前の彼女に1ヵ月でフラれたように、付き合うという口約束は、脆く儚いものだった。目の前にチャンスがあるのに、みすみす見逃すことはできなかった。

終わったあとで、野球中継を再び見ながら、これが世に言う免許合宿か、なんて思った。2週間の免許合宿は終わりが近づいていた。

みさきちゃんから着信があったが、電話に出ることはなかった。


※この物語はフィクションです